【明るくなる思考】孤独を受け入れて自分の価値観を見つける機会に変えること
会社人生が楽しいのは、仲間がいることですね。
同じ仕事をして、問題にぶつかっている時に共感しあえるだけでとても有り難いものです。
あのときこんな仕事したよねと話し合える人がいると尚のこと嬉しいものです。
会社員って会社の歯車ですから、
そんな中でも記憶に残せあえて振り返れることがあると一緒に働けたことにも感謝しますね。
司馬遼太郎さんの本の中では、人間は鎖の一部ですと表現されていました。
過去と未来をつなぐものですと。
そうであっても人間の素晴らしいのはそれを単にみんなと同じものとは思わないことだと言いました。
自分だけに起こる、一瞬のまばゆい光のようなものだと。
そう考えると、会社の歯車であっても自分の目の前に起こることは、かけがえのないものであり、
決して他人と同じということではないのです。歯車ではあっても目の前に起こることは自分だけの真実なんですね。
だから、会社員で仲間がいることはやっぱり有難いものだと思います。
また一方では周りの人たちと一緒にいるだけで安心感があるのも事実です。
不安や不満、喜びを共有できる訳ですし。
それだけでなくもしかしたら、周りの人にこうあって欲しいと思うこともあるかもしれません。
でもそれを他人にぶつけるのではなく、
自分の成長のために、例えば鏡のようなもので自分を映しているのだと思えば、
全てが自分の糧になります。
そんな中で一つ落とし穴があるとすれば、
お互いの人生には全く責任を持っていないということです。
だから、一緒に仕事に取り組んでいるように見えて、カタチだけのものと言われてしまうとそうでもあります。
そういう時に以下のようなことに迷うこともあります。
どちらが良いかとか、それは周りと同じように歩む人生と、自分だけの人生を進んでいくのでは。
先のことを想像したときに嫌なことがあるとすれば、
ふと気付いた時に、自分の人生において判断することが全くない、誰のための人生だったのかなと思うようなときにはやはり悲しくなっちゃうものですね。
何のための人生であったのかって切ないですね。
もちろん周りの人を大切にしながらも、
単に周りに合わせているだけでは、
自分が満足するような日々を送れるかと言うと、
そうはならないでしょう。
そこから自分の人生を歩もうと思うと、
どうしてもどこかで孤独を感じてしまうものですね。
その時に孤独を解消するためだけに周りに合わせようとするのは良くかなと思います。
孤独というのはむしろ、
自分自身のことを理解するための大切な時間と言えます。
そういうときは、
自分でまだモヤっとして理解して切れていない部分を落とし込むために、
立ち止まる必要があるときだとも考えられるのではないでしょうか。
孤独を受け入れて、自分のしたいことがどこにあるのか、
他人を羨むのではなく、落ち着いて考えてみる機会が与えられたのだと。
そういう風に、丁寧に過ごしていければ、
今よりももっと大切なものに出会えたりもするのかと思います。
自分の家族、友達、仕事仲間と言った周りの人達と適切な距離感で付き合えていけると考えます。
もう一度考えたいのは、孤独から目を背けないこと、
そこから得られるものが周りに合わせるだけではない、自分の大切な人生だということ。
自分の価値観をしっかりもって過ごしている中でも、孤独に揺さぶられてしまってそこから遠ざかってしまったときに、この記事を読んでまた確固たる信念をもって進んでいきたいと思います。